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Channel: 雫有希オフィシャルブログ【プロレス界No1のヅカヲタレスラー】Powered by Ameba
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まちかどフィランソロピスト受賞までの道のり

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第18回まちかどフィランソロピスト特別賞の授賞式がおわり、この2010年からやって来たプロレスを通じての善光寺大本願乳児院への寄付活動における長い長い道のりや試練を振り返りたいとおもいます。

横須賀市総合体育館で約15年ぶりにプロレス興行を行い、約600人を動員。
連日新聞やテレビに取り上げられる日々。
そしてマーベラスの入団。

これだけを見ていたら今はあの長与千種さんのもとで、華々しい安定したきらきら太陽プロジェクトや雫有希しか分かりませんが、この活動を始めたときはまさに今だから話せる【地獄のような日々】でした。

善光寺大本願乳児院への寄付活動も、地道に日陰でやって来た。
ある意味それは平和でプレッシャーの無い日々でした。

しかし、私はSMASH の華名戦で魔法をかけられてしまいます。週プロの一面に私の記事が出てしまいます。
まあ、この大舞台での大抜擢の時点でかつての学生時代の友人や知り合いがツイッター等のネットで堂々と私の悪口書きまくって、その後も友人や知り合いのツイッターは私の悪口で埋め尽くされました。

まだ24才の私には酷な話で目を見開いて、呼吸が止まっているところを家族に発見されました。

その後も誹謗中傷はやまりませんでした。
【やらぬ善よりやる偽善】
【お寺のお布施を使い込んでるだけ】
【早く辞めちゃえ】
【お金持ちのお嬢様の道楽】
【福祉を食い物にする悪人】

言われた言葉は数知れずでした。

本当にひとりぼっち、本当に仕事もプライベートもひとりぼっちになってしまいました。

その中でも、何とか、ほんのわずかの喜びを胸に何とか続けてこれました。

うまくいかないこともたくさんありました。
頑張れば頑張るだけ地獄に落とされたこともあります。

きらきら太陽プロジェクトをやるにあたり、マッチメークも交渉も後ろ楯のない
私がやるわけですから、試合組むたびに頭をコンクリートで叩き割られるようなそんなこともたくさんありました。

誰が教えるわけでもない、試行錯誤しては、頭を下げ、こんな日々でした。

長い長い6年間でした。

続く


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